密かに・・・命

あまり私らしくなく、なんとなく後ろ向きというか反社会的!?というか・・・
あっ、私いつでも半人間的なんですけどね^^;
なので密かに重ねてアップします。
私は偏った人間なので、大目に見てやってください。

今日は・・・何という日なのか。
2度ほど終わった命を目にしました。
猫ちゃんなんですけどね。
1度目は首都高速・湾岸線で・・・
トンネルを抜け大井付近でした。
いつもなら木曜の夜にヨガから帰っていたのですが、次の日にむこうでお友達とランチの約束があって、金曜の昼下がりに帰ってきました。
しかもいつもなら通ることのない湾岸線。
なんとなく・・・昼で渋谷線は混んでるかもだし、向こうから帰ってきたいような気がして・・・それがきっと私の運命でした。
そして3車線の追い越し車線を走っていたのに、その車線上に猫ちゃんが轢かれて絶命していました。
あの子は・・・どうやってあんな大きな道路に入り、そして真ん中までやってきたんだろう・・・?
でもそら豆のときのようなありえないことが起こることもあるので、そういう偶然が起こることもあるのかもしれませんね。
今回はせっかく出会えたのに何もしてあげられなかったね。
せめてあなたの最期があっという間の出来事であったことを願うばかりです。

よく猫が死んでいるのを目にすると、「かわいそう・・・」と思ってはいけない。
そう思うと憑かれてしまう・・・なんて言いますけど、私は心から何度もかわいそうだと思います。
そして口にもしますしね・・・
旦那さんにもわざわざ聞きたくないだろうに話しをします。
なかったことには出来ないししたくない。
そんな事実を忘れたくなく、ちゃんと覚えていたいのです。
少しでも、知らない子であってもその子が生きた事実を覚えていたいのです。
いつの頃からか、そうやって私は轢かれていたりする生き物を見かけると、あえてよく見るようになりました。
もちろん、もしかしたらまだ息があるかもしれない、何か出来ることがあるかもしれない・・・という思いもあります。
そしてそれとともに覚えていたいんです。
その子が生きていたということを・・・
そして、人間の犠牲になったということも。。。
人間が生きやすい環境だけを考えて進化している地球。
道路も車もあの子たちには何の得もない話です。
ごめんね。。。
と声をかけ、そして祈ります。
もしも次のこの世に生まれることがあるとしたら、生涯幸せに暮らせますように。。。
そして何より、愛される一生でありますように。。。


家に着き夕方になり旦那さんが帰宅、そしていつものように田舎暮らしへ。
なかなか早く着きました。
でも外は冷たい雪混じりの雨、みんな朝にならないとこないかなぁ・・・と思いつつも外が気になり、旦那さんは寒い中何度も庭に出ていました。
誰の気配もなく諦めかけた頃、やっぱりやってきた旦那さんの愛人、フサ子。
でもなんとなくそわそわした感じ。
少しして、フサ子と外にいた旦那さんが玄関に飛び込んできて言いました。
「みいちゃん、知らない猫が死んでいる。。。」
その子は、カバーをかけたサマーベッドの下で雨風を避けるように、まるで自分の死に気がつかなかったような感じで息絶えていました。
画像

びっくりでした。
猫が、人の住むテリトリーで死ぬなんて。
いったいこの子に何が起こったんだろう・・・
それと同時にフサ子も気にしているし、他の猫たちが来ないのはこのせいもあるのかな?

とりあえずもう暗かったので、朝を待つことにしました。
正直、不安でした。
あの子の事を考えると・・・という面と、他の子たちがみんな元気でいるのか。
いったい何があったのか・・・あの子だけの事なのか・・・?
いらぬことをいっぱい考えちゃいました。

朝、日の出を迎えたくらいに目覚めてしまった私、旦那さんはもうすっかり起きていました。
明るくなったのでベッドの下から出してあげました。
この子、私も旦那さんも知っています。。。
画像
写真、後姿ですが載せました。
すみません。。。
こんな子がいた、ちゃんと生きていた・・・私はその事実を知っています。
せっかく生まれた命、覚えていたいのです。

この子、多分3・4度見たことがありました。
うちの餌を食べに来て、チビに大きな声で威嚇されたり。。。
最近一時期よく見ていた濃いグレーの立派な子はさっぱり見ることがなくなり、その代わりこの子を最近は見ていました。
この子と見間違うそっくりのカラー、体格の子もいます。
もしかしたら兄弟なのかな?
違うのはそちらの子は尻尾が長く、そしてなんと耳がひっくり返っているってこと。
猫のことは良くわからないのですが、それって最近流行っている猫ちゃんの血なんじゃないかなって思います。
そして2匹ともちびたちなんかよりも輪をかけたぶっつぶれ顔の洋猫ちゃんタイプです。
何でこの子達も野良にされちゃったんだろう?
最近流行のタイプ、原型の子だっていつからここにいるんだろう???
誰が・・・正直そんなことを最近考えていました。
ほかにビッケ似の子と不思議なレモン色の子、計4匹を最近は何度か見ていたのです。
みんな、本当に若い猫たちだと思います。
何も出来なかった。。。
でもなんでこの子は、いつもとどまる事は出来ない我が家で、まったくきれいな状態で天に召されたんでしょう?
若くして、何が原因で・・・
考えても私には分かりませんが、とにかくきれいな毛並みと大きな体格のまま、そして目を開けたまま天国へと旅立っていました。

旦那さんが大きな穴を掘ってくれたので、バスタオルに包んで埋葬することにしました。
お店が開く時間になってから、お花をお線香を買って弔いました。
せめて・・・こんなことしか出来ないけど。
でも最期をうちにしたのはそういうことなのかな?
何も出来なかったけど、ごめん。
埋めてから思いました。
もっと撫でてあげればよかった。
話しかけてあげればよかった。
性別の確認も名前もないまま・・・見送ってしまいました。
ごめんね。。。
それと同時に、あなたがこの世界で誰かに少しでも愛されていたならいいな。
もしも、次にこの世界に生まれることがあったとしたら、この子に幸せな生涯が待っていますように。。。
安らかに。。。
画像
土に返した場所の前で、何度も祈りました。

ちなみにみんな元気でした。
どの子がどうだから・・・という話ではないんですけど、でもずっと見てきた子達、みんな元気でよかった・・・正直な感想です。
あの子も、そして今見かける、前に見かけた子も、みんなうちの6匹と同じ、同じように面倒見れたら良かったのに・・・
定着した子達がいて、それ以外の子を捕獲して・・・それは口で言うほどたやすいことではなく、距離を縮めることすらいまだ出来ていません。
捕獲して去勢や避妊をしていたら、あの子がもう少し長く生きれていたのか・・・それは分かりません。
でも出来ればみんな少しでも危険が少なく、のんびり暮らしてほしい。
いつもドキドキ・ビクビクせず、うちの6匹のようにずっと家族仲良く戯れて楽しくいてほしい。

人間は勝手ですね。
私も人間です。
そして人間である以上欲もあり、それを捨てて今を生きることは出来ません。
それに大好きな親からもらった人間という命、それを否定ばかりして生きるなんて私には出来ません。
でもやっぱり人間としての欲を持つと、自然界とは交わりあえないことばかりです。

たまに、人間を生きるのがいやになることがあります。
自然や動物の現実を見聞きするたびに、そしてそんな生物に対して上から目線で考える自分を含めた人間がそれは恐ろしく、やっぱり地球に1番不必要なのは、人という生き物なんだよな・・・ってつい声に出してしまうときがあります。
人がいなければ生き物、特にペットは生きていけない・・・それは人目線の話で、人がいなければペットなんて最初から存在しないんです。
作られる必要もなかった。
そして作られておいて、人間の勝手な都合でまた外に出された猫たち・・・本来、野生として生きてきた猫科の動物でもあるまいし、コタツで丸くなると歌われた猫たちが、洋猫顔の毛がフサフサで野山で暮らすのに向かない猫たちが、一生懸命人の都合で与えられた猫生を疑うことなく、怒ることなく生きています。
これが身近な現実の地上でのゆがんだ生態系です。

それでもやっぱり私に与えられた役割は今、嬉しかろうが悲しかろうが人間です。
生きているのだから精一杯行き、そしてなるべくならいい人生を生きたいです。
リセットも、人間を捨てて生きることも私は出来ないし、そんなことはしたくないです。
ごめんね、みんな。
本当に人間って、そして私って考えれば考えるほど利己主義の人間らしい人間です。
でも私はうまくいえないけど、忘れないし逃げないよ。
これから訪れるであろう多くの悲しいことや別れも背負って、私は人間を十分頑張って進んで生きたいです。
私は強く、もっと強くなりたいです。

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この記事へのコメント

2012年02月21日 06:56
すべての子が平等に幸せならいいのに・・
いつもそう思います
人間の身勝手をつくづく感じます
ここで最期を迎えた事、なにか意味があるのかもしれません
最期が穏やかだった事、そして、送ってもらえたこと
良かったと思ってやりたいです
2012年02月21日 08:14
タフィー104さん
おはようございます。
ありがとうございます。
あれから気が付くと考えています。
あの子、何故死んでしまったのだろう・・・
きっと若いだろうし。
それがあの子の寿命だったのかも知れませんが、それでもやっぱり考えちゃいますね。
忘れず・・・この世に無くなってしまってからでは遅いのかも知れませんが、うちの子達と同じように愛していきたいと思います。

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